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サッカーと勉強の両立を旨としつつ、ブラインドサッカー体験や救命・AED講習など、サッカーに関連のある様々な体験を通して人間的な成長を図ることを目指しています。一緒にサッカーを楽しもう!!

2020.09.28

サッカー部(中学)

「心の授業」#6 元オリンピアン

「心の授業」#6 テーマ:『色んな選択肢を持つ』

講演者:酒井裕唯(さかい ゆい)氏 株式会社ゼネラルパートナーズ所属

初の元オリンピアン登場‼

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オープニング.jpg

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スケートを始めたきっかけは3歳上の姉が小学校入学のタイミングでスケートクラブに勧

されたことがきっかけでした。長野県諏訪市は小学校の数だけスケートクラブがある、とても

スケートがさかんな町です。当時はまだショートトラックという競技はありませんでした。

主な成績です。

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いまだに破られていない。

W杯1000m女子総合優勝(日本人初)

これは酒井先生の代名詞であり後輩たちへの叱咤激励でもあるのかな?

1000mのパイオニア❕

     

ここに至るまで、どのような経験をされてきたのか楽しみです。

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この「スピードスケート」は400mを主に二人で滑りタイムを競う

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選手同士の接触からの転倒があるのでヘルメットを着用し頭(命)を守

ります。

実は見た目より激しいスポーツなんです。

(氷上の格闘技と呼ばれています。)

そしてフィギアスケートと同じ会場を使用するそうです。

一周112mのリンクで着順を競う競技。

一つの種目で一回のレースで4人から6人滑ります。

勝ち抜きです。

一日に一つの種目で5,6回滑る体力勝負の競技です。

このような競技を小学生~始めて大学生の時にバンクーバーオリンピッ

に出場し社会人になってアスリートとしてソチオリンピックに出場。

では酒井先生の具体的なお仕事、勤務先についてです。

ゼネラルパートナーズって.jpg

現在、セカンドキャリアとして障がいをお持ちのアスリートの方に就職先の企業を

紹介する「アスリート専任キャリアアドバイザー」として働かれています。

とても素敵なお仕事ですね。

ゼネラルパートナーズとは?.jpg

具体的には働くための条件(年収・環境・仕事の内容等)を対面やお電話でお聞きし

その方に合っている求人を紹介、了解を得て面接の設定(複数回の場合あります。)

内定 ➡ 入社 まで責任をもって対応致します。

         

酒井先生は「誰もが自分らしくワクワクする人生を」このビジョンにひかれて

ゼネラルパートナーズに入社されたそうです。

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酒井先生のようなオリンピアンでありながら、その経験を生かし障がい者アスリートに

対してお手伝い(サポート)されている、セカンドキャリアとしても会社の中心社員と

して頑張っている。

あらためて、酒井先生の凄さを感じました。

            

ではここから競技生活のお話に戻ります。

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小学生から高校生まで、学業と競技と両立して頑張ってきました。

授業後スピードスケートとショートトラックの両立。

学校の練習終了後、帰宅ではなくそこからショートトラックのクラブ

チームに通ってました。スケートの練習は一日に多い時で三回やってま

した。

帰宅時刻は毎日夜中の0時を過ぎてました。そこから宿題をやり睡眠を

り翌日の準備。翌朝8時には学校へ。

           

この環境の中で勉強とスケートの両立、すごいですね!

         

夏休みや冬休みは必ず合宿があり、夏は山奥へ

プライベートな遊びは15年間まったくありませんでした。

これが普通の世界でした。

年越しも実家で過ごすことは学生時代は一度もありません。

このような生活をしながらオリンピックを目指したのが2002年の

ソルトレイクオリンピックがきっかけです。

今の皆さんと同じ年代です。[中学卒業前です]

この時に将来のことを考え始めました。

先輩がソルトレイクオリンピックに出場したことで、自分も出場できる

では?➡「出たい!」➡「よし目指そう!」

   

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中学卒業前の三者面談前に担任の先生から今後の進路を聞かれていまし

た。ただ考えても???です。

東京のチームにいた先輩たちの進路(大学・スケートの成績・進路等)

並べて自分は将来どういう人になりたいのか?どういった選手であり

たいんだろう。考えてみました。

        

自分の人生のシミュレーションをしてみました。

いったいいつのオリンピックを目指すか!

人生を逆算して考えるようになりました。

そこで逆算して大学4年の『バンクーバーオリンピックだ』

(実は高校生の時にトリノオリンピックを迎えるのですが、その時はまだ高校生

だし出れないだろうなと思っていました。)

バンクーバーに出場して引退だ!目標が決まりじゃあ次は?

大学4年生の時にバンクーバーを迎えます。

どこで練習し誰に指導してもらうか?考えました。

長野県にこのままいていいのか?大学の数も少ない、指導者も少ない。

       

自分の意志は

オリンピックで勝てる・かつオリンピック選手を多数輩出している指導

のもとで➡東京の指導者の教えを請いたい。➡じゃあどこの大学へ?

              

最終的に早稲田大学に決めました。

当時早稲田には人間性もスケート選手としても素晴らしい先輩がいまし

た。先輩のような人になりたい。同じ道を歩んだら同じような人間に

・オンピックに出場できるのではないか?

早稲田大学に決めた後は、スポーツ推薦のためには高校二年生までの成績、

そしてスケートの成績が重要なのは調べてわかっていたのでとにかく頑張りました。

高校一年生後半時に世界大会へ出場、

高校三年生の時にトリノオリンピックの予選会、日本人トップ5に選出される

              ↡

志望校の早稲田大学にトップアスリート入試一期生として入学できました。

早稲田大学

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大学二年9月まで居心地のいいアパートに住んでいました。

しかし監督からは

「競技の成績を上げたかったら、監督の家の近くに引っ越して来い」

「お前は堕落している生活をしている。」

「人生初の親元を離れ一人で生活していたその生活が自由すぎて、堕落

ていると見抜かれていました。」

「このままの生活では世界大会のメンバーに選ばれないだろう!」

「このままだと終わってしまうぞ!」

「俺の家に来い」➡練習だけではなく、プライベートも一緒?嫌だな!

最終的に監督の家に行くことに決めました。

理由は競技成績をあげたい。特に4年生の時にはオリンピックで結果を

したい。今のままではだめだと、監督のところへ引っ越す決断しまし

た。

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なんとバンクーバーオリンピックに出場する選手は連盟の方針で

「300日合宿」に参加しなければいけない。

一年365日のなかで、300日合宿。

自宅に帰れません。大学にも通えない。

ハードな合宿をします。また300日合宿に出なければオリンピックに

出場できないと言われました。

当時の私は「300日合宿行きます。」と即答できませんでした。

普通に大学卒業後就職して働くつもりでいたので悩んだあげくに「覚

悟」を決めました。(考慮時間は二か月のみ)

大学一年間の休学を決意

(両親・大学・コーチと良く話し合い決めました。)

*学費免除だったけど、、、、。*両親に迷惑をかけたくなかった。

*一年間のブランク大丈夫だよという声も決断する材料の一つになりま

た。

最終的に自分で納得して決めました。

           

理由

目標が手に届くところに来ていたのにあきらめたくなかった。

自分で逃したくなかった。

              ↡

・バンクーバーオリンピック出場権を得て、出場しました。

 実際にはすべてが初めてだったので大会の雰囲気を知り、オリンピッ

初出場は終わりました。出てどうしたいか、何をしたかったかがない

初出場、終わってみるとあっという間でした。

当時の気持ちは悔いはなし、スケートを卒業、あとは大学を卒業し、就

だ。しかし周囲からは「やめたらもったいない」「まだいけるよ。」

「やめるの早い」「ここでやめていいのか?」と言われ、

理由

・年齢的に競技、まだまだいけるよ!

・まだトップになりきってないよ!

・まだいけるかなぁ!

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次のソチオリンピックでは、どういう選手で臨みたいのか?

どうせやるなら「日本人のトップとして出場し活躍」

そして次の4年間(ソチに向け)に挑みました。

大学も無事卒業し、ソチに向け社会人アスリートとして走り始めました。

ショートトラック競技では500mしかやったことがない状況でした。

当時は1000mや1500mを滑る体力がありませんでした。

ただ目標とする「日本人のトップとして世界と闘うには1000mしかない

わかっていました。」

スタート勝負の500mではスタートが速かったわけでもなく、

1500mを勝負できるほどの体力もなかった。

徐々に500mから1000mへのシフトチェンジが必要と考えました。

ただそれまで一度も1000m滑ったことがありませんでした。

自分でもそれまで「500mしか滑りません」とずっと言っていたので

全日本のコーチも「酒井は500mのみだ」と思っていました。

自分のネガティブな発言が「自分の可能性をつぶしていました。」

大学を卒業するまで、「自分で自分の可能性をせばめていたんです

ね。」

          

バンクーバーオリンピックの翌シーズン世界大会でチャレンジ!

「どうやって闘えばいいんだろう?」

500mと違い、勝つためにいろんな要素がある中で戦術が大事になりま

す。ある程度のスピードを保ちながら、戦術を組み立てていくのが

1000m

ショートトラックの中で体力・知力が必要なのが1000m。

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早大同期の男子選手の話

・既に世界選手権1000mで世界一位、金メダル選手でリオオリンピックでも期待さ

ていた選手に質問してみたそうです。

Q.なぜ金メダルを獲ることができたと思う?

A.特別なことは何もしてないよ。ただ周囲に感謝しただけなんだよ。

それを聞いて当時の酒井先生は             

感謝するだけで世界で勝てるなら「感謝しまくります」とその時は思ったそうです。

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「やばい、こいつかっこいい!」

「世界一になる人間は言うことが違う!」

「その頃の自分はライバルに感謝するということをしなかった」

「自分の足りてないことをストレートに言われたので、

すごい心がふるえました。」

当時の私はライバルにただ勝ちたい。

ライバルが身近にいても当たり前すぎて、大会運営者の皆さんが一生懸命準備、片付けするのも当たり前。

そこに感謝という気持ちはありませんでした。

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感謝 ➡ RESPECT

        

・500mしかやったことがないからできない。無理!

・やりもしないでそう思っていました。逃げていただけ

・例)独特なフォームで結果を残す海外選手の話を聞い

 ても誰も真似しなかった。フォームが独特すぎて競技

 力が上がるはずがない。とみんな思っていた。しかし

 大学同期の男子選手は誰もやらないだけで、実は自分

 に合ってるかもしれない。

・今まで500mしかやったことがない。だから500m

 しかできないと思い込んでいた自分に気づく。

・1000mやってみよう!。やり続けてみよう!

・チャレンジし続けてダメだったとしても500mに戻っ

 てこれるじゃない。この言葉で楽になりました。

 

大学卒業後

岐阜県体育協会へ就職(競技がメイン)国体強化!

・専任トレーナーをつけていただく。なんと大学時代300日合宿時に帯同していた

 あのトレーナー。周囲からは「酒井終わったな」とか「生きてるか~」など

 いじりの声があがってました。 ↡

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トレーナーとの信頼関係・感謝・チャレンジし続ける

           

鬼のようなトレーニングをやり続けた結果

2011~12年シーズン日本人女子初1000m優勝

   〃   W-cup日本人女子初総合優勝

              

この年のW-cup第三戦in名古屋の動画を観ました。

その場にいるかのような雰囲気で、みんなが酒井先生(酒井選手)を応援していま

す。いくつか写真で紹介します。

A決勝.jpg

決勝直前2.jpg

レース直前です。

決勝直前.jpg

レース直前スタートリスト.jpg

レース開始直後

レース開始直後.jpg

レース中2.jpg

ゴール直前

ゴール直前.jpg

ゴール直後笑顔.jpg

ゴール直後お父さんと?.jpg

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優勝インタビュー.jpg

優勝おめでとうございます!

日本(ホーム)でのレース。酒井選手の情報も当然流れてるし、周囲か

らの期待、プレッシャーがある中での優勝。

優勝した瞬間は「うれしさよりも安堵感が先」だったそうです。

目標だった

「日本人トップとしてソチオリンピック出場を果たしました。」

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その後の人生の方が長い。!.jpg

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酒井先生ありがとうございました。

中学生だけにはもったいないお話でした。

ショートトラック1000mのパイオニア。

また「紆余曲折」というワードが言葉の中で何度か出てきましたね。

また障害者ではなく、酒井先生は「障がい者」とここにはすごい大事な

メッセージが隠れていたような気がします。

facebook.PNG

質疑応答

・内容の濃い質疑応答でした。

最初の質問者ソウケツ君.jpg

緊張しないための秘訣は?

Q新藤君.jpg

日本ブラインドサッカー協会、駒崎氏より

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ゼネラルパートナーズ、佐藤広報室長~

酒井先生は会社のなかでも重要な存在であることや、今回の授業が中学

生の将来にお役に立てればと温かいメッセージをいただきました。

ありがとうございました。

広報 佐藤さん.jpg

中学校サッカー部顧問、高橋先生が、オリンピックに出場する選手と

出場できなかった選手の違いは?

誰しもが聞きたいことを、最後に聞きました。

高橋先生.jpg

集合写真.JPG

酒井先生は、全ての質問に丁寧に答えていただきました。

また授業時間は60分ピッタリ!

パワーポイントや説明・解説内容、わかりやすかったです。

特に動画で観た優勝シーン。感動しました。

また今回の講演は新型コロナウイルスの影響がなければ昨年度に

実現していたはずの心の授業でした。

かなりの時間が経過しても、コロナ禍でも、お引き受けいただき

誠にありがとうございました。

マスクをしながらの60分、話しにくくきつかったと思います。

嫌な顔一つせず最後までありがとうございました。

次回、コロナの影響もなく、高校生も拝聴できるときに改めて

「心の授業」お願いいたします。

株式会社ゼネラルパートナーズ様、佐藤広報室長、酒井先生本当に

ありがとうございました。この場をお借りし御礼申し上げます。

           

                               成立学園中学校サッカー部一同

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